大河ドラマ「平清盛」 最終回 遊びをせんとや生まれけむ 感想
カテゴリ:平清盛
日時:2012/12/23 22:47
『平清盛』も今回で最終回。内容はノベライズで知っていたのでストーリー展開上の疑問はなかったのですが、盛りだくさんな内容が延長なしの1回分に収まるのか否か、一体どこが削られるのか、でハラハラしながら見ていました。
今回のファーストシーンは元暦2年(1185年)の鎌倉から。このシーンは、ノベライズでは西行のイタコタイム後に配されています。ノベライズの順番にしろドラマでの順番にしろ、時系列が前後することには変わりがないので、どちらでもいいですね。
ノベライズでは「元暦2年3月」としか書かれていませんが、ドラマではナレ朝が「壇ノ浦前日」と言っているので、3月23日ですね。平家都落ちから離脱し、鎌倉に下った頼盛と頼朝の語り合い。4年間で一気に老けてしまった頼盛さんです。
そしてその4年前、前回の続きである治承5年(1181年)1月27日に戻ります。
生き霊清盛は、西行と語ることで死にゆくわが身を悟ります。ここで、涙しながら納得していく清盛は良かった。 閏2月4日、清盛は突然意識を取り戻し、有名なセリフを叫んで息絶えます。
清盛「我が墓前に頼朝が首を供えよ!」
『義経』では、時子が捏造したことにされてましたが。
平家の館を訪れた西行が宋剣を持っていたところは、ドラマでは分かりにくかったように思います。ノベライズによると、西行の庵にいた生き霊清盛が本体の死によって消滅したとき、宋剣だけが西行の庵に残されます。これを平家に返還しに来た、というわけです。そして、清盛から預かった遺言を伝えると言う形で、西行のイタコタイム開始です。
特に盛国のところは泣かせどころか。盛国の死に様を知っていると、感慨もひとしおです。
そして「治承・寿永の乱スーパーダイジェスト」の始まりです。
まずは平家都落ち。ノベライズには木曽義仲の名前が登場しますが、ドラマではカットカット。まぁ仕方がないですね。
頼盛は宗清に、鎌倉に下ることを打ち明けます。清盛に「何があってもそなただけは頼盛の忠実な家人でおれ」と遺言された宗清、当然ながら同行を申し出ますが却下。
頼盛「ならぬ。そなたにまで裏切り者の汚名は着せられぬ」
頼盛の心中を悟り、別れることを承知する宗清。セリフが泣かせます。ホントはそんなこと思ってないくせに……。
宗清「承知つかまつりました。裏切り者の殿について行くなど、恥にござりまする」
ただ、頼盛の一門離脱についてはもう少し説明があってもよかったのでは。池禅尼が死に際して「残せ」と言い残した場面を入れるなどして、頼盛が汚名を着てでも生き残ろうとした理由を明示してあげたかった。
そして、一門の死に様ダイジェスト。
そして、壇ノ浦。知盛の「珍しい東男云々」などの有名エピソードを盛り込みつつ、さすがに知盛が船を掃き清めるところはオミットした模様。
フカキョン時子も(予想よりは遙かに)頑張りました。
時子「海の底にも、都はございましょう」
キャスティングが発表されたときは、「えい! ドボーン」とか言いながら飛び込むんじゃないかと心配しましたが、ちゃんと時子してました。
知盛の碇も重そうで安心しました。『義経』では、どう見ても発泡スチロールな碇を持たされた阿部ちゃんが不憫でしたからねぇ。
ここで、ノベライズでは第1回冒頭の勝長寿院の立柱儀式にて、政子が壇ノ浦の戦勝を報告する場面に戻るのですが時間の関係なのかカットされてしまいました。
(ボヨーン)「祇園精舎の……」
この琵琶法師、元禿リーダーの羅刹なんですが、気付きました? ここは『草燃える』の鬱ラストシーンを思い出させる展開です。
この琵琶の弾き語りをBGMに、盛国が餓死による自害を果たします。清盛の宋銭ネックレスが手から落ちたところが、盛国の最後でしょうね。鱸丸が都にやって来たときに飢えていたことが盛国の最後の隠喩であったとは、当初から言われていたことでしたね。
再び源氏パート。頼朝が何を読んでいるのかと思ったら、
義経「ボク、頑張ったのにどうして冷たくするの、お兄ちゃん」
ああ、腰越状ですか。まぁ、義経はバカだから仕方がない。
この頼朝を訪ねて来た、東大寺の勧進の僧・西行。ドラマでは不明確でしたがノベライズによると文治2年(1186年)8月とのこと。
西行最後のお仕事は、頼朝に清盛のメッセージを伝えることでした。
清盛「我が倅どもがきっとそなたを討ち取る。そしてそなたが首をきっとわが墓前に供えようぞ」
頼朝「さて、そうは参りませぬ」
清盛「そう言うと思うたわ。しからば頼朝、まことの武士とはいかなるものか、見せてみよ」
清盛から頼朝へ、武士の世が託された瞬間でした。
そして、西行が頼朝からもらった銀の猫を子どもにあげちゃう有名エピソード。これも、ドラマで西行が佐藤義清だったころに野良猫をひろった当時、銀の猫エピの暗示だろうといわれたものです。
ドラマでは、政子からの伝聞として銀の猫を子どもがもらった話を聞くのみ(銀の猫は頼朝が西行にあげたものであることは語られず)でしたが、ノベライズでは頼朝が西行に銀の猫を差し出し、西行が清盛、義朝と猫を連れ帰ったエピを回想、子どもたちに銀の猫を渡すという一連の場面があります。カットされちゃいましたね、やっぱり。
文治5年(1189年)、閏4月30日。突然の合戦シーンは衣川の戦い。
弁慶の立ち往生&義経自害。立ち往生は『義経』の松平健よりよかった。松平健の弁慶は、死んだ後思いっきり動いちゃってましたしねぇ。
義経が自害した瞬間は、ドッカーンしないかとハラハラしました。普通に死んでくれてよかった……。
建久元年(1190年)、頼朝上洛、後白河と対面。頼朝との双六はつまらなかった模様。
そしてラストシーン。兎丸の声に促され、海の底の六波羅の館に帰還する清盛。出迎える一門。
……ノベライズで、文字で読む分にはなかなか余韻を残すラストシーンなのですが……(若き日の清盛)松山ケンイチどアップでお終いはどうかなぁ。何かガッカリなラストシーンだったなぁ。別に松山ケンイチが嫌いな訳じゃないんだけど、何かなぁ……。
ノベライズ最終2行。
というわけで、『平清盛』終了。滅多に取り上げられない平安末期というだけで、私的には大量ボーナス点が付いているわけですが(信長・秀吉・家康がからむ戦国時代モノは飽き飽きしているので大幅減点)、それを除外してもここ最近では良作に入ると思います。もちろんダメ(単に私の好みに合わない、というだけですが)な点も多々あり、傑作とは言い難いところですが。
また、今回のドラマで感じたのは「10年後も忘れないような場面が思いつかない」ということです。「エア矢」など、悪い意味で印象に残るシーンはありますが……。『花の乱』で野村萬斎が演じる細川勝元が死ぬ場面や『義経』における安宅の関のオレンジ蓮司の富樫その他もろもろ、挙げたら切りがありません。『平清盛』では、こうした場面が私には残らなかったのです。
過去の名場面を思い返すと、どれも役者が力ずくで名場面化させていたように思います。かの『江』ですら、北村有起哉の秀次が切腹するくだりは泣けました。脚本がクソでも役者が良ければ心に残る場面になるということです。『平清盛』の場合、全体的に若手が多かったため、力ずくで名場面化させる力量がやや不足していたのかもしれません。けなすほど下手くそだったとは思いませんが。
ああ、そういえば由良ちゃんが死ぬ場面は良かったかな。
ほめているようなけなしているような、とりとめもない話になってしまいましたが、前述した通り私的には良作。ただし、私が何年も前から「質を測る指標ではない」と主張している視聴率については最悪だったので、この馬鹿げた指標でしか判断できない人たちから見れば、『平清盛』は失敗作。善し悪しはともかく視聴率は定量的ですから説得力がありますしね。このクソ指標に左右され、『平清盛』のような挑戦がなくなり、クソつまらない戦国モノばかりにならないことを切に願いします。三傑がからまないネタなら、戦国モノも歓迎ですが。
最近は男主人公と女性主人公を1年ごとに繰り返しているようです。2013年が女性(八重)、2014年が男(官兵衛)ですから、2015年は女性ということになります。さて、2015年は誰に……。『天上の虹』で持統天皇をやれと……無理だろうなぁ。
今回のファーストシーンは元暦2年(1185年)の鎌倉から。このシーンは、ノベライズでは西行のイタコタイム後に配されています。ノベライズの順番にしろドラマでの順番にしろ、時系列が前後することには変わりがないので、どちらでもいいですね。
ノベライズでは「元暦2年3月」としか書かれていませんが、ドラマではナレ朝が「壇ノ浦前日」と言っているので、3月23日ですね。平家都落ちから離脱し、鎌倉に下った頼盛と頼朝の語り合い。4年間で一気に老けてしまった頼盛さんです。
そしてその4年前、前回の続きである治承5年(1181年)1月27日に戻ります。
生き霊清盛は、西行と語ることで死にゆくわが身を悟ります。ここで、涙しながら納得していく清盛は良かった。 閏2月4日、清盛は突然意識を取り戻し、有名なセリフを叫んで息絶えます。
清盛「我が墓前に頼朝が首を供えよ!」
『義経』では、時子が捏造したことにされてましたが。
平家の館を訪れた西行が宋剣を持っていたところは、ドラマでは分かりにくかったように思います。ノベライズによると、西行の庵にいた生き霊清盛が本体の死によって消滅したとき、宋剣だけが西行の庵に残されます。これを平家に返還しに来た、というわけです。そして、清盛から預かった遺言を伝えると言う形で、西行のイタコタイム開始です。
特に盛国のところは泣かせどころか。盛国の死に様を知っていると、感慨もひとしおです。
そして「治承・寿永の乱スーパーダイジェスト」の始まりです。
まずは平家都落ち。ノベライズには木曽義仲の名前が登場しますが、ドラマではカットカット。まぁ仕方がないですね。
頼盛は宗清に、鎌倉に下ることを打ち明けます。清盛に「何があってもそなただけは頼盛の忠実な家人でおれ」と遺言された宗清、当然ながら同行を申し出ますが却下。
頼盛「ならぬ。そなたにまで裏切り者の汚名は着せられぬ」
頼盛の心中を悟り、別れることを承知する宗清。セリフが泣かせます。ホントはそんなこと思ってないくせに……。
宗清「承知つかまつりました。裏切り者の殿について行くなど、恥にござりまする」
ただ、頼盛の一門離脱についてはもう少し説明があってもよかったのでは。池禅尼が死に際して「残せ」と言い残した場面を入れるなどして、頼盛が汚名を着てでも生き残ろうとした理由を明示してあげたかった。
そして、一門の死に様ダイジェスト。
そして、壇ノ浦。知盛の「珍しい東男云々」などの有名エピソードを盛り込みつつ、さすがに知盛が船を掃き清めるところはオミットした模様。
フカキョン時子も(予想よりは遙かに)頑張りました。
時子「海の底にも、都はございましょう」
キャスティングが発表されたときは、「えい! ドボーン」とか言いながら飛び込むんじゃないかと心配しましたが、ちゃんと時子してました。
知盛の碇も重そうで安心しました。『義経』では、どう見ても発泡スチロールな碇を持たされた阿部ちゃんが不憫でしたからねぇ。
ここで、ノベライズでは第1回冒頭の勝長寿院の立柱儀式にて、政子が壇ノ浦の戦勝を報告する場面に戻るのですが時間の関係なのかカットされてしまいました。
(ボヨーン)「祇園精舎の……」
この琵琶法師、元禿リーダーの羅刹なんですが、気付きました? ここは『草燃える』の鬱ラストシーンを思い出させる展開です。
この琵琶の弾き語りをBGMに、盛国が餓死による自害を果たします。清盛の宋銭ネックレスが手から落ちたところが、盛国の最後でしょうね。鱸丸が都にやって来たときに飢えていたことが盛国の最後の隠喩であったとは、当初から言われていたことでしたね。
再び源氏パート。頼朝が何を読んでいるのかと思ったら、
義経「ボク、頑張ったのにどうして冷たくするの、お兄ちゃん」
ああ、腰越状ですか。まぁ、義経はバカだから仕方がない。
この頼朝を訪ねて来た、東大寺の勧進の僧・西行。ドラマでは不明確でしたがノベライズによると文治2年(1186年)8月とのこと。
西行最後のお仕事は、頼朝に清盛のメッセージを伝えることでした。
清盛「我が倅どもがきっとそなたを討ち取る。そしてそなたが首をきっとわが墓前に供えようぞ」
頼朝「さて、そうは参りませぬ」
清盛「そう言うと思うたわ。しからば頼朝、まことの武士とはいかなるものか、見せてみよ」
清盛から頼朝へ、武士の世が託された瞬間でした。
そして、西行が頼朝からもらった銀の猫を子どもにあげちゃう有名エピソード。これも、ドラマで西行が佐藤義清だったころに野良猫をひろった当時、銀の猫エピの暗示だろうといわれたものです。
ドラマでは、政子からの伝聞として銀の猫を子どもがもらった話を聞くのみ(銀の猫は頼朝が西行にあげたものであることは語られず)でしたが、ノベライズでは頼朝が西行に銀の猫を差し出し、西行が清盛、義朝と猫を連れ帰ったエピを回想、子どもたちに銀の猫を渡すという一連の場面があります。カットされちゃいましたね、やっぱり。
文治5年(1189年)、閏4月30日。突然の合戦シーンは衣川の戦い。
弁慶の立ち往生&義経自害。立ち往生は『義経』の松平健よりよかった。松平健の弁慶は、死んだ後思いっきり動いちゃってましたしねぇ。
義経が自害した瞬間は、ドッカーンしないかとハラハラしました。普通に死んでくれてよかった……。
建久元年(1190年)、頼朝上洛、後白河と対面。頼朝との双六はつまらなかった模様。
そしてラストシーン。兎丸の声に促され、海の底の六波羅の館に帰還する清盛。出迎える一門。
……ノベライズで、文字で読む分にはなかなか余韻を残すラストシーンなのですが……(若き日の清盛)松山ケンイチどアップでお終いはどうかなぁ。何かガッカリなラストシーンだったなぁ。別に松山ケンイチが嫌いな訳じゃないんだけど、何かなぁ……。
ノベライズ最終2行。
兎丸にうながされ、清盛は一門のもとへ駆け出した。
その顔は、夢中で遊ぶ子どものような、輝くような笑みをたたえていた。(完)
というわけで、『平清盛』終了。滅多に取り上げられない平安末期というだけで、私的には大量ボーナス点が付いているわけですが(信長・秀吉・家康がからむ戦国時代モノは飽き飽きしているので大幅減点)、それを除外してもここ最近では良作に入ると思います。もちろんダメ(単に私の好みに合わない、というだけですが)な点も多々あり、傑作とは言い難いところですが。
また、今回のドラマで感じたのは「10年後も忘れないような場面が思いつかない」ということです。「エア矢」など、悪い意味で印象に残るシーンはありますが……。『花の乱』で野村萬斎が演じる細川勝元が死ぬ場面や『義経』における安宅の関のオレンジ蓮司の富樫その他もろもろ、挙げたら切りがありません。『平清盛』では、こうした場面が私には残らなかったのです。
過去の名場面を思い返すと、どれも役者が力ずくで名場面化させていたように思います。かの『江』ですら、北村有起哉の秀次が切腹するくだりは泣けました。脚本がクソでも役者が良ければ心に残る場面になるということです。『平清盛』の場合、全体的に若手が多かったため、力ずくで名場面化させる力量がやや不足していたのかもしれません。けなすほど下手くそだったとは思いませんが。
ああ、そういえば由良ちゃんが死ぬ場面は良かったかな。
ほめているようなけなしているような、とりとめもない話になってしまいましたが、前述した通り私的には良作。ただし、私が何年も前から「質を測る指標ではない」と主張している視聴率については最悪だったので、この馬鹿げた指標でしか判断できない人たちから見れば、『平清盛』は失敗作。善し悪しはともかく視聴率は定量的ですから説得力がありますしね。このクソ指標に左右され、『平清盛』のような挑戦がなくなり、クソつまらない戦国モノばかりにならないことを切に願いします。三傑がからまないネタなら、戦国モノも歓迎ですが。
最近は男主人公と女性主人公を1年ごとに繰り返しているようです。2013年が女性(八重)、2014年が男(官兵衛)ですから、2015年は女性ということになります。さて、2015年は誰に……。『天上の虹』で持統天皇をやれと……無理だろうなぁ。