大河ドラマ「八重の桜」 第18回 尚之助との旅 感想

カテゴリ:八重の桜
日時:2013/05/05 21:30

今回もまた、タイトルが変更されています。ノベライズでは「倒幕のたくらみ」だったのですが……。この回はノベライズを読んだときから違和感があって、「会津だけじゃなくて二本松も出せ」という何者かの意図を感じさせる気持ち悪さがあります。二本松少年隊の悲劇も嫌いではないのですが、たいした必然性もなく八重&尚之助と交流させる無理矢理感が受け付けません。

今回のタイトルも、ノベライズの「倒幕のたくらみ」の方が妥当に感じます。八重と尚之助の旅行ってそんなに重要?

で、物語は慶応3年(1867年)秋。白河街道ぶらり旅に出た八重と尚之助。大まかなルートは以下の通り。

八重&尚之助ぶらり旅 A:鶴ヶ城
B:背炙山
C:福良宿
D:白河小峰城
E:二本松城

です。徒歩による移動距離と移動時間の概算(Googleマップ調べ)は、

A→Bが9kmで約2時間
B→Cが16.5kmで約3時間30分
C→Dが40.9kmで約8時間30分
D→Eが51.1kmで約10時間30分

で、木村砲兵塾で木村銃太郎(後、二本松少年隊隊長)、二階堂衛守(後、二本松少年隊副隊長)、成田才次郎(後、二本松少年隊)その他と交流。この3人は戊辰戦争で戦死してしまう人ですね。この交流が後の話に活かされるのか、単にとってつけた時間の無駄エピソードに過ぎないのか。

京では、西郷大山弥助がミーティング。この弥助が日露戦争で満州軍総司令官になると思うと胸熱です。反町はまっっっったく大山巌のイメージと合いませんが。ここでは酔う容堂の動きに焦りを感じる2人の様子が描かれ、薩摩藩にとっても際どい情勢であることが分かります。幕府側の体制が整う前にケリをつけたい薩摩と、体制を立て直すまで時間を稼ぎたい慶喜。ここで出てきた大政奉還は、慶喜に時間稼ぎの口実を与えます。結果として、薩長の動きを加速させるわけですが。

ミーティングを終えた西郷&大山を見かけた覚馬は、会津弁を聞きとがめた暴漢に襲撃されます。その危機を救った遠山の金さん大垣屋。暴漢を煙管で撃退します。まぁ、この人は口入れ屋。単なる商人というより任侠の人なのでそれなりに場数を踏んでいたことでしょう。映像的には民放的立ち回りでしたが。

覚馬が手当を受けていたのは会津藩洋学所で、覚馬を「先生」と呼んでいたのが野沢鶏一。覚馬の「管見」を口述筆記した人ですね。

会津では、尚之助が13人扶持で会津藩士に。屋敷を構えろと進める権八に、居候のままでという尚之助。微妙にうれしそうな権八さんがかわいい。

10月初頭、京の岩倉村で岩倉大久保ミーティング。山口での木戸とミーティングしたり、京に舞い戻ったり、大久保も忙しいことです。慶喜、容保、所司代を討つ勅旨と錦旗の図案を見せる岩倉。旗まででっち上げる岩倉に驚く大久保さん。当初は不安があった小堺も、はまってきたようです。

10月4日、慶喜、容保、定敬の一会桑ミーティング。俺たちの慶喜さんは、大政奉還の決意を開陳します。まぁ、慶喜さんのこの判断は、悪くはなかったと思いますが……。

2013年 大河ドラマ「八重の桜」キャスト(配役)
大河ドラマ「八重の桜」 主要人物年齢年表(会津編)
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