大河ドラマ「真田丸」 第29回 異変 感想

カテゴリ:真田丸
日時:2016/07/24 23:23

認知症を発症した豊臣秀吉を軸に、さまざまな変化・異変が生じて豊臣政権の前途が揺らいできた第29回。が、各人の変化が必ずしも秀吉の異変と関係しているわけでもなく、全体としてはとっちらかった感じがします。

ではドラマ開始。秀次事件後、政治の中心は伏見に移されます。真田信繁も、伏見にて春と祝言を挙げます。

信繁がその報告に来た席上、信幸が母の出自を真田昌幸に問います。あ、その問題をまだ引っ張りますか。そしてついに、昌幸の口から(ドラマ上の)真実が語られます。

昌幸「菊亭晴季の娘ではない。侍女だ」
昌幸「決して人に明かしてはならんぞ」
信繁「私たちが知っていると母上のお耳に入ったら、母上も居たたまれないでしょうね」
昌幸「その前にわしが殺される」

その薫さんは、春のあいさつに満足げ。まぁ、円満で何よりです。 一方、寝ていた秀吉はうなされて覚醒。驚きの表情と視線で、事態は察しがつくというものです。信繁が夜具をめくると、やはり布団が湿っている。秀吉の晩年を扱ったドラマでは、秀吉の衰えの表現として失禁シーンを見掛けます。最近だと、『功名が辻』の柄本秀吉がお漏らししてたかな?

そして石田三成と信繁が濡れた夜具を内々に始末することになるのですが、片桐且元を騙して部屋から誘い出すくだりは必要だったのでしょうか。後のシーンで、且元が秀吉の夜尿を知っていたことが示されており、信繁が胃痛を口実に且元を誘い出す意味はなかったことになります(普通に理由を話して夜具の始末を手伝わせればいいだけ)。

信繁に薬を分けた後、且元が戻ってきたら夜具が秀吉の物と入れ替わっていて、自分が失禁したのかと慌てるようなコントシーンでもあるのかと思えばそれもなし。そもそも秀吉の夜具はフッカフカなのですり替え自体に無理があるし……。まぁどうでもいいか。

気弱になった秀吉は、今後の政治体制について語ります。

秀吉「豊臣秀頼拾が元服するまで関白は置かぬと決めた」

なるほど。

秀吉「それまではお前(三成)たち奉行衆が相談の上、政を行え」

後の五奉行の体制ですね。分かります。

この後、信繁と2人になった三成は、信繁に「春には苦労することになる」と気になることを言います。これまでのところ春には問題がなさそうに見えますが、今後何をやらかすのでしょうか。

不遇のヒロインきりは、お寧と一緒に生せんべい作り。関東人の私は初めて耳にする食べ物です。Wikipediaによると、生で食べるのはそもそもハプニング的な理由っぽいし、始まりが桶狭間のときだったり当時織田の敵だった家康に由来していたりするtんで、、「秀吉が若いころ」に織田方に広まったの? という疑問がわかないでもないのですが……。まぁどうでもいいか。

とにかく、ここでお寧の侍女わくさからお使いを頼まれます。要は、細川越中守(忠興)の妻の玉(ガラシャ)に、品物を届けてほしい。品物は、伏見城の普請場で働く大工の吉蔵から受け取れ、ということです。きりのシーンをムダに入れたために妙にウロウロしている感じでしたが、伏見城・生せんべい作成所を起点に、普請場→細川の屋敷のルートで移動するだけのお仕事です。

で、まずは伏見城の普請場にきり登場。信幸にいい感じでうざがられつつ、吉蔵から十字架を受領。これはいいのですが、昌幸の所在を尋ねるところはちょっと違和感あり。きりのミッションに昌幸関係ないし。

そしてなぜか、きりが真田の屋敷に出没。「祝言欠席のわびを入れに来た」のはいいとして、なぜ今なんだという感じ。大事な預かり物を持ったまま寄り道とか。「きりらしい」で片付けちゃうのは簡単なのですが。

で、薫に昌幸が普請場にいなかったことを伝えちゃう、と。さらに、大事な預かり物を持ったままウロウロして、春と遭遇。

春「源次郎様からよくお話は伺ってます。どこへ行ってもうっとうしいと言われるきりさんですね」

春の問題点は、天然爆弾?

きりの余計なひと言でヒスった薫さん信幸を問い詰めますが、伏見城の普請に行き詰まっていた信幸は半ギレで逃亡。癒やしを求めてこうの部屋へ。おこうさん、「あっ(ハート)」になってましたね。

が、信幸がこうの部屋に通っていたことが稲にバレてる信幸さん。まぁ、木と紙で出来た屋敷ではプライバシーもなにもありません。

数日後、家康が伏見城に呼び出されます。

秀吉「拾が元服するまで、関白は置かぬつもりだ」

はい。

秀吉「政は、徳川殿を要とした大名たちの合議で進めていってほしい

えっ。

これには三成もビックリです。

この事態を療養中の>大谷吉継に伝える信繁。吉継の首のできものが気になります。やはりハンセン……。

きりはなぜか、訪ねるのに適当とは思えない夜に細川屋敷を訪問。一日中持ち歩いていた十字架を無事納品します。

真田屋敷では、昌幸の普請しない不信な行動を薫さんが問い詰めます。しらを切る昌幸に見切りをつけ、出浦に詰問する薫さん。ここで昌幸の顔芸を久しぶりに見ることができます。以降、薫さんの発言は全てまっとうなのに背景扱い。

昌幸は伏見城周辺の絵図を一目見ただけで表情を一変させます。普請担当者が絵図を初めて見たってのはおかしいだろ。そして一発で伏見城の弱点を看破します。なぜか、いきなり昌幸さんのやる気スイッチが入っちゃいます。なぜこのタイミングで?

秀吉は、再び家康を呼び出します。はて、今度は何を言い出すのかと思ったら、

秀吉「拾が元服するまで、関白は置かぬつもりだ」

えっ。

秀吉「政は、徳川殿を要とした大名たちの合議で進めていってほしい」

えっ。

さすがに徳川家康も不信に思い、三成に問いただします。が、三成はあくまでも念を押したまでと主張して押し通します。

夜。昌幸、信幸、信繁、出浦昌相は伏見城普請ミーティングを開催。昌幸のアイデアを具現化したジオラマ付きです。

信繁「守りの要を本丸でなく木幡山の出城に置く。父上にしか思い付かぬこと」

これはまさしく、真田丸の発想……。

秀吉の状態はますます悪化。またまた徳川を呼べと言い出します。そんな秀吉に、同じ事を繰り返していると率直に伝える三成。これに衝撃を受けた秀吉は、不安を信繁にぶつけます。

秀吉「拾が元服するまでは生きていたいんじゃ。生きているだけではいかん。拾が、わしのようになりたいと思う、そんな父親であらねばならん」

このセリフは同じ父親として胸に刺さります。半面、「私のようになりたい」なんて思わず、もっとマシな人間になってほしいような気もするのですが。

三成は秀吉の意をくんで拾との時間を作ろうとしますが、茶々はできれば拾から遠ざけたいと反対します。

茶々「拾に太閤殿下の老いた姿を見せたくないのです。拾にとって、思い出の中の父親は威厳に満ちた天下人でなければならないのです。老いさらばえた惨めな姿など見せたくありません」

ここに、茶々が豊臣ではなく拾のことだけを考えていることが示唆されます。

続いて信幸と信繁のツーショット。秀吉の身に異変が生じていると察した信幸は、信繁に探りを入れますが、信繁は問題なしと一蹴。そんな信繁に、信幸は「お前は豊臣に深入りしすぎた」と言います。そして、自分は徳川の婿だから何かあれば徳川に付くと明言。ここでも、犬伏の別れに至る流れを作りつつあります。

文禄5年(1596年)6月27日、京、大坂、堺に謎の降灰。そして閏7月13日未明、慶長伏見地震。『』では、単なる火事にされてましたが。2011年にはできなかった地震描写が今はできるようになったということですね。

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