大河ドラマ「真田丸」 第23回 攻略 感想
カテゴリ:真田丸
日時:2016/06/12 22:59
小田原征伐開始! といっても、特にカタルシスもなくいきなり小田原城ピンチ。小田原城内は北条氏政、北条氏直、板部岡江雪斎の3人だけで回している割には追いつめられていく焦燥感が出ていて良かったのですが、真田信繁が説得に行くという下りで冷めました。くだらん。
天正17年(1589年)12月、石田三成が北条攻めの陣立てを発表。もちろん史実通り、真田は前田利家と上杉景勝が率いる東山道軍。徳川家康から軽く物言いがつきますが、碓氷峠から上野に入るルートは真田の本領。真田は東山道軍がよいという三成の論理で解決。
三成的には、まだ信用しきれない徳川に真田を付けたくないという裏もあるようですが、実は「べ、別に真田のために東山道軍にしたんじゃないんだからね!」的な面も、このドラマの三成にはあったかもしれません。 こうして天正18年(1590年)4月はじめ、小田原城の包囲が完成。地図で布陣図を見ると、さぞかし壮観な眺めだったことでしょう。小田原城の天守に上って、あそこが徳川で、さらにぐるっと織田信雄、蒲生氏郷、豊臣秀次、宇喜多秀家、織田信包、細川忠興、池田輝政、堀秀政、さらに海上には軍船が並び……などと想像すると、こりゃもう、どうにもならんと納得せざるを得ません。
4月5日、諸将を集めるよに命じられた信繁、ここで黄母衣姿を初披露。背中の黄色いモフモフは矢を防ぐ効果があります(あったのかな?)。
秀次の次に家康の陣に行くと、家康に連れションに誘われます。が、手が汚れちゃったご様子。その手でポンと信繁の肩を叩く家康。おい。
参集した諸将の前で、長戦を宣言する秀吉。小田原攻めは、東北の大名に対するデモンストレーションというわけです。軍議を終えると、家康を「関東の連れション」に誘います。家康の「えーっ」って顔が笑えます。
そして恒例の転封話。
秀吉「この戦終わったら、お主に北条の領地、全て任せようと思っておる。関八州をやる代わりに、江戸に移ってもらうから。駿河や三河はもういらんだろ」
厳密に言うと、関八州といっても常陸は佐竹領です。
秀吉「家康、驚きのあまり小便止まっておったわ」
いや、したばかりだからでは。
小田原城内では、軍略が早くも真っ二つ。出戦を主張する氏直に対し、籠城を指示する氏政。包囲軍は兵糧が尽きるし伊達も来る、徳川も離反すると、希望的観測に基づいた戦略を立てちゃいます。
4月20日、松井田城。この日は、3月28日から始まった松井田攻城戦が終わった日なので、落城ホヤホヤです。ほぼ並行して行われた厩橋城、箕輪城も前後してポトポト落ちて上野はほぼ平定完了という状態。次はいよいよ武蔵攻略ということになり、真田昌幸は信幸に武蔵忍城の攻略を任せます。忍城攻めは最初から三成が大将のはずなので、ここはフィクションでしょう。
そんな信幸に密談を持ちかける出浦昌相。北条と手を組めば豊臣秀吉に勝てると言い出します。聚楽第を落とせるとか、常に昌幸、信幸をけしかける昌相さん。忍びとしての能力は(史実というか伝承的には)間違いないのですが、このドラマにおける昌相の戦略眼はいかがなものか。ここで真田と北条が手を組んだところでどうにもならない。一時はシェーンコップっぽいと評価しましたが、単に事態をグチャグチャにしたいだけの人でした。残念ながら評価を大幅に下方修正せざるを得ません。
5月、氏直は連日にわたり、名高い小田原ミーティングを開催。一方、氏政さんは蹴鞠をエンジョイ中。
ビビってやつれた顔を隠すために薄化粧し、ビビって風呂にも入れないので香を焚きしめて体臭隠し。効いてる効いてる。それでも氏政さんはくじけません。
氏政「いずれ伊達が来る。伊達さえ来てくれれば」
6月、信幸が忍城に攻め入りますが落とせず。三成は忍城が落ちないことに苛立ちます。そんな三成を「お主の見立てが甘かったということだ」と諌める大谷吉継。いい関係だなぁ。
6月9日、伊達政宗参陣。死に装束まではやったものの、本筋ではないからか実にあっさり終了。政宗のエクストリーム土下座は、シリアス版は『独眼竜政宗』、ギャグ版は『利家とまつ』でやりきってるから、まあ無理に尺を取る必要はないのですが。
石垣山城?から落ちゆく城を眺めるは、茶々と信繁。この2人もいずれ、小田原城と同じ立場に立たされて運命を共にするのかと思うと感慨深い。茶々は、北条から何を学ぶのでしょうか。学ばないのでしょうか。
一方、伊達が恭順したことで長引かせる必要がなくなった秀吉は、総攻めを命じます。これに吉継が異を唱え、先に忍城、鉢形城などを落とすことを献策。ついでに、三成を忍城に任せようと提案。これでようやく我らが知る忍城戦の始まりです。それにしても、お腹が痛くなっちゃってる三成を見ていると、司馬遼太郎の『関ヶ原』を思い出します。これに出てくる三成がまた、腹痛を抱えながら頑張る姿が痛々しくてしんどいのです。
伊達が秀吉に恭順した旨を知らされた氏政さん、さすがにショック! それでも開城しない氏政さんを江雪斎が説得。すると、上杉と同等、本領安堵、重臣として丁重に扱われるべしという条件を出します。
もちろん、こんな条件を秀吉が飲むはずもなく、総攻め命令寸前というところで、吉継と家康が押しとどめます。すると、秀吉は茶々と温泉旅行へゴー。戻ってくるまでにカタをつけろと言い残します。
タイムリミットは、秀吉の帰還までとなりました。
ところで、吉継は三成とともに忍城攻めに行っているはずなのだが……君、こんなところで何してるの?
6月12日、三成が忍城攻め中の景勝の陣に到着。諸将の不手際を攻め、鉢形城と八王子城を攻めるように指示します。鉢形城攻めは5月14日から始まっているような……。
信幸に忍城はどうすると聞かれた三成、「4日で落とせる」と豪語します。もう、結果を知っている現代人としてはイタくて見ていられません。
6月20日、なぜか忍城に行かない吉継の陣に信繁が呼ばれます。そして、小田原城へ行って氏政を説き伏せよと命じられます。
さすがに、歴史の本筋にここまで信繁を絡めてくると正直引くわー。それはないわー。黒田官兵衛が軍使として小田原城に入ったのは史実だからいいとして、信繁はないわー。それなら、史実通り「のぼうの城」攻めに参加させて三成の苦悩を間近で見る方がよかったのでは。
しかしまあ、なぜ信繁なのか。やはり主人公だからでしょうか。
吉継「行けば分かる」
さようですか。
信繁が小田原城に向かうと、待っていたのは本多正信。江雪斎から、氏政を説得できるのは信繁しかいないと依頼されたというではありませんか。
そして城内へ。待っていなのは江雪斎。
江雪斎「まことに追い詰められたときには、しがらみのない者の言葉にこそ、人は心を動かす」
で、真田の小倅に氏政さんが説得されちゃうんですか……。引くわー。それなら普通に石垣山城にびっくりして戦意を喪失したという方がまだ説得力があります。
まずは氏直に引き合わされます。すると、氏直が信繁に平伏して懇願。もう、ウソくさくて見てらんない。
そして氏政のところへ向かう途上、反降伏派の襲撃を受けます。信繁ピンチ! というところでコロコロと転がる玉。そしてチープな爆発で笑わせてくれます。何だこれ。信繁が小田原城に入るくだりから、脚本から画作りまでクオリティー暴落中です。
どんどんクソドラマ化する中、ガンダムパイロットでスタンド使いでもある義兄・小山田茂誠が登場。まぁ、茂誠は北条氏の家臣になっていたのは史実なので、小田原征伐中に再登場するとは思ってましたが。
2016年 大河ドラマ「真田丸」キャスト(配役)
もご利用ください。
天正17年(1589年)12月、石田三成が北条攻めの陣立てを発表。もちろん史実通り、真田は前田利家と上杉景勝が率いる東山道軍。徳川家康から軽く物言いがつきますが、碓氷峠から上野に入るルートは真田の本領。真田は東山道軍がよいという三成の論理で解決。
三成的には、まだ信用しきれない徳川に真田を付けたくないという裏もあるようですが、実は「べ、別に真田のために東山道軍にしたんじゃないんだからね!」的な面も、このドラマの三成にはあったかもしれません。 こうして天正18年(1590年)4月はじめ、小田原城の包囲が完成。地図で布陣図を見ると、さぞかし壮観な眺めだったことでしょう。小田原城の天守に上って、あそこが徳川で、さらにぐるっと織田信雄、蒲生氏郷、豊臣秀次、宇喜多秀家、織田信包、細川忠興、池田輝政、堀秀政、さらに海上には軍船が並び……などと想像すると、こりゃもう、どうにもならんと納得せざるを得ません。
4月5日、諸将を集めるよに命じられた信繁、ここで黄母衣姿を初披露。背中の黄色いモフモフは矢を防ぐ効果があります(あったのかな?)。
秀次の次に家康の陣に行くと、家康に連れションに誘われます。が、手が汚れちゃったご様子。その手でポンと信繁の肩を叩く家康。おい。
参集した諸将の前で、長戦を宣言する秀吉。小田原攻めは、東北の大名に対するデモンストレーションというわけです。軍議を終えると、家康を「関東の連れション」に誘います。家康の「えーっ」って顔が笑えます。
そして恒例の転封話。
秀吉「この戦終わったら、お主に北条の領地、全て任せようと思っておる。関八州をやる代わりに、江戸に移ってもらうから。駿河や三河はもういらんだろ」
厳密に言うと、関八州といっても常陸は佐竹領です。
秀吉「家康、驚きのあまり小便止まっておったわ」
いや、したばかりだからでは。
小田原城内では、軍略が早くも真っ二つ。出戦を主張する氏直に対し、籠城を指示する氏政。包囲軍は兵糧が尽きるし伊達も来る、徳川も離反すると、希望的観測に基づいた戦略を立てちゃいます。
4月20日、松井田城。この日は、3月28日から始まった松井田攻城戦が終わった日なので、落城ホヤホヤです。ほぼ並行して行われた厩橋城、箕輪城も前後してポトポト落ちて上野はほぼ平定完了という状態。次はいよいよ武蔵攻略ということになり、真田昌幸は信幸に武蔵忍城の攻略を任せます。忍城攻めは最初から三成が大将のはずなので、ここはフィクションでしょう。
そんな信幸に密談を持ちかける出浦昌相。北条と手を組めば豊臣秀吉に勝てると言い出します。聚楽第を落とせるとか、常に昌幸、信幸をけしかける昌相さん。忍びとしての能力は(史実というか伝承的には)間違いないのですが、このドラマにおける昌相の戦略眼はいかがなものか。ここで真田と北条が手を組んだところでどうにもならない。一時はシェーンコップっぽいと評価しましたが、単に事態をグチャグチャにしたいだけの人でした。残念ながら評価を大幅に下方修正せざるを得ません。
5月、氏直は連日にわたり、名高い小田原ミーティングを開催。一方、氏政さんは蹴鞠をエンジョイ中。
ビビってやつれた顔を隠すために薄化粧し、ビビって風呂にも入れないので香を焚きしめて体臭隠し。効いてる効いてる。それでも氏政さんはくじけません。
氏政「いずれ伊達が来る。伊達さえ来てくれれば」
6月、信幸が忍城に攻め入りますが落とせず。三成は忍城が落ちないことに苛立ちます。そんな三成を「お主の見立てが甘かったということだ」と諌める大谷吉継。いい関係だなぁ。
6月9日、伊達政宗参陣。死に装束まではやったものの、本筋ではないからか実にあっさり終了。政宗のエクストリーム土下座は、シリアス版は『独眼竜政宗』、ギャグ版は『利家とまつ』でやりきってるから、まあ無理に尺を取る必要はないのですが。
石垣山城?から落ちゆく城を眺めるは、茶々と信繁。この2人もいずれ、小田原城と同じ立場に立たされて運命を共にするのかと思うと感慨深い。茶々は、北条から何を学ぶのでしょうか。学ばないのでしょうか。
一方、伊達が恭順したことで長引かせる必要がなくなった秀吉は、総攻めを命じます。これに吉継が異を唱え、先に忍城、鉢形城などを落とすことを献策。ついでに、三成を忍城に任せようと提案。これでようやく我らが知る忍城戦の始まりです。それにしても、お腹が痛くなっちゃってる三成を見ていると、司馬遼太郎の『関ヶ原』を思い出します。これに出てくる三成がまた、腹痛を抱えながら頑張る姿が痛々しくてしんどいのです。
伊達が秀吉に恭順した旨を知らされた氏政さん、さすがにショック! それでも開城しない氏政さんを江雪斎が説得。すると、上杉と同等、本領安堵、重臣として丁重に扱われるべしという条件を出します。
もちろん、こんな条件を秀吉が飲むはずもなく、総攻め命令寸前というところで、吉継と家康が押しとどめます。すると、秀吉は茶々と温泉旅行へゴー。戻ってくるまでにカタをつけろと言い残します。
タイムリミットは、秀吉の帰還までとなりました。
ところで、吉継は三成とともに忍城攻めに行っているはずなのだが……君、こんなところで何してるの?
6月12日、三成が忍城攻め中の景勝の陣に到着。諸将の不手際を攻め、鉢形城と八王子城を攻めるように指示します。鉢形城攻めは5月14日から始まっているような……。
信幸に忍城はどうすると聞かれた三成、「4日で落とせる」と豪語します。もう、結果を知っている現代人としてはイタくて見ていられません。
6月20日、なぜか忍城に行かない吉継の陣に信繁が呼ばれます。そして、小田原城へ行って氏政を説き伏せよと命じられます。
さすがに、歴史の本筋にここまで信繁を絡めてくると正直引くわー。それはないわー。黒田官兵衛が軍使として小田原城に入ったのは史実だからいいとして、信繁はないわー。それなら、史実通り「のぼうの城」攻めに参加させて三成の苦悩を間近で見る方がよかったのでは。
しかしまあ、なぜ信繁なのか。やはり主人公だからでしょうか。
吉継「行けば分かる」
さようですか。
信繁が小田原城に向かうと、待っていたのは本多正信。江雪斎から、氏政を説得できるのは信繁しかいないと依頼されたというではありませんか。
そして城内へ。待っていなのは江雪斎。
江雪斎「まことに追い詰められたときには、しがらみのない者の言葉にこそ、人は心を動かす」
で、真田の小倅に氏政さんが説得されちゃうんですか……。引くわー。それなら普通に石垣山城にびっくりして戦意を喪失したという方がまだ説得力があります。
まずは氏直に引き合わされます。すると、氏直が信繁に平伏して懇願。もう、ウソくさくて見てらんない。
そして氏政のところへ向かう途上、反降伏派の襲撃を受けます。信繁ピンチ! というところでコロコロと転がる玉。そしてチープな爆発で笑わせてくれます。何だこれ。信繁が小田原城に入るくだりから、脚本から画作りまでクオリティー暴落中です。
どんどんクソドラマ化する中、ガンダムパイロットでスタンド使いでもある義兄・小山田茂誠が登場。まぁ、茂誠は北条氏の家臣になっていたのは史実なので、小田原征伐中に再登場するとは思ってましたが。
2016年 大河ドラマ「真田丸」キャスト(配役)
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