大河ドラマ「真田丸」 最終回 (無題) 感想

カテゴリ:真田丸
日時:2016/12/19 01:08

ついに最終回。結末は分かりきったこと。それを三谷幸喜がどう書くのか。何を語って何を語らないのか。

大坂からの帰路、尼寺に宿泊することになった真田信之。相部屋を要求され、入ってきたのは何と本多正信。信之、大坂に来ていたのは内緒のはず。ヤバくないの?

正信「大坂から江戸へ帰るところでございましてな」

正信は気にする様子はなさげ。……ん? 正信? 正信は徳川秀忠を補佐して天王寺の戦いでも進言していたような。

一方、大坂城では芸人どもが何やら盛り上がっているご様子。何だコイツらと思ったら、才蔵、清海入道、鎌之介、十蔵、伊佐入道、甚八、六郎(字幕を出していると発言者の名前も出るのです)。小助ともう1人の六郎(海野か望月か)がそろえば真田十勇士。最後の最後に、ネタをブッこんで来ました。ここのシーンにそれ以上の意味はないのでスルーして、居酒屋与左衛門へ入店。

ついに与左衛門と真田信繁の直接対決です。しかし与左衛門は「徳川に仕えたことなぞないわ」。豊臣秀吉に娘を手込めにされた恨みから豊臣を滅ぼすべく暗躍していた、と。なるほど。

で、そのまま料理用の串を脇腹に刺して自害します。脇差しで腹をかっさばいても簡単には死ねないというのに、あんな串の一突きで死ぬか? 心臓ならともかく脇腹では致命傷にならないし、串を抜かないと出血も限られるのでは……。 与左衛門の死で間者問題も解決し、最後の軍議を開催。豊臣秀頼が出馬し、千成瓢箪が掲げられるのを合図に攻撃を仕掛けることに決定。

その足で茶々に面会し、徳川家康の首を取ったベストエンディングパターン、家康を討ちもらしたバッドエンディングパターン両方の対応策を伝授します。

信繁「望みを捨てなかった者にのみ道は開けるのです」

自室に戻った信繁は、やや自嘲気味。

信繁「私は私という男がこの世にいた証しを何か残せたのか」

そこは内記が年の功を発揮していいことを言います。

内記「人のまことの値打ちというものは、己が決めることではございません」
信繁「誰が決める?」
内記「時でござる。戦国の世に義を貫き通し徳川家康と渡り合った真田左衛門佐幸村の名は、日の本一の兵として語り継がれるに相違ございません」
信繁「どんな終わりを迎えてもか?」
内記「大事なのはいかに生きたかでございますゆえ」

そこで、セミの鳴き声。セミ……ちと早すぎないか?

内記「早蝉ですな」

「早蝉」ですか。抜かりないですな。

信繁「では私もひとつせわしなく鳴いてくるか」

地上に出てきてひと鳴きして死んでしまう。以前から信繁の人生をセミ呼ばわりしてきた(これとかこれ)のですが、ドラマでもセミが比喩的に出てきました。まぁ、みんな信繁については似たような印象を持っているということですね。

5月7日早朝、信繁は茶臼山、毛利勝永は四天王寺の南に布陣。ここから家康の本陣を突くとすると、伊達政宗松平忠輝の陣の横を通り抜けて松平忠直本多忠朝、榊原や内藤、酒井らの陣を破らねばならないという、なかなかハードな活躍を要求されます。これは大変だ。実際、やっちゃうわけですが。

秀頼が出てくると豊臣恩顧大名の士気に関わる。というわけで、徳川方は信繁離反の流言策に出ます。

当の信繁は、勝永と最終ミーティング。「大名同士のつながりも悪いと見た。あの陣形に落ち着くまでどれだけ時がかかったか」と勝永に語らせています。信繁、勝永の正面には浅野長晟が配されていたのに、忠直が割り込んで布陣したことを指しているのかもしれません。万単位の人間が移動したり場所取りするわけですから、こりゃ大変なことです。

2人は秀頼の出陣を待ちだったのですが、忠直隊が勝永隊に攻撃を開始したという急報が入ります。勝永隊が仕掛けたという説もあります。

大坂城では、秀頼がようやく出陣を決意。が、徳川の流言を信じちゃった大蔵卿局が妨害。さすが大蔵卿局、最後まで足を引っ張ります。これで簡単に動揺しちゃった秀頼も秀頼。「そのうわさの真偽すぐに確かめよ」と命じてまたグズグズ。

交戦状態に入っちゃった勝永隊ですが、これがまた大奮戦。「本多隊を打ち破り」とさらりと語られていましたが、大名である本多忠朝を討ち取っているのです。さらに、本多隊の東に布陣していた真田信吉隊と激突。ドラマでは信繁と交戦することを恐れた信吉は待機を命じたものの、信政が勝手に迎え撃ってしまいます。もちろん、勝永隊はこれも撃破。

勝永隊は本多、真田の後ろにいた小笠原隊を攻撃、小笠原忠脩は討ち死に、小笠原秀政を負傷(後、死亡)させます。さらに、諏訪忠澄、仙石忠政酒井家次らも撃破。これらの敗残兵による混乱で、家康本陣が無防備状態になります。本当にやっちゃいましたよ。

毛利勝永が。

秀頼の出馬が遅れていることにしびれを切らし、信繁は真田大助に使いを命じます。「父上のそばにいとうございます」と拒む大助を、足手まといという理由で説き伏せる信繁。かつて父・真田昌幸が信繁にしたように、大助の頬をペチペチと叩きます。父がしてくれたことを自分の子にする、まぁ陳腐かもしれませんが胸が熱くなるな。

一方、大坂城では……。

与左衛門、やはり生きていたか! そうだよなぁ、あれじゃ死なないよなぁ。そして、信繁が徳川の間者と会っていたと、信繁離反説を補強してしまいます。

信繁、お前つめが甘過ぎ。

そして信繁は、勝永が作ってくれた道をたどって家康本陣へ。勝永隊に続いて信繁隊に攻撃されて家康の本陣も混乱。このとき、ナレ通り三方ヶ原の戦い以来倒れたことのない家康の馬印が倒されます。これだけでも相当な混乱であったことが分かります。

岡山口では治房が秀忠本陣を攻撃。つまり、前田利常井伊直孝藤堂高虎らを破っているということで、これまた大健闘。このありさまで、秀忠本陣も混乱状態になります。これには秀忠もたまらず逃亡。まぁ、これは恥じですが役に立ちます。

伊賀越え以来の逃走を見せた家康さん、切腹しようとして制止され、胴上げ連行されます。『利家とまつ』賤ヶ岳の戦いで撤退を拒む利家が連行されるシーンを思い出します。あのドラマ、何で利家をあんな無様にしたんだろう?

治長「今こそ秀頼公ご出馬の時。城へ戻る!」

そうですね!

兵「これ(千成瓢箪)はどうなされますか?」
治長「むろん持ってまいる」

ちょっ待てよ!

千成瓢箪が城に向かっているのを兵が見れば動揺するのは明らか。このタイミングで与左衛門が放火。これを見た家康は、戦の潮目が変わったことを悟ります。馬印の重要性も分からずヒョイヒョイ移動させちゃう経験の浅い者と、百戦錬磨で機を見る力を持った武将の違いが浮き彫りになります。

大坂城に戻った治長は、あらためて秀頼に出馬を要請。そのとき、千成瓢箪が城に戻ったため雑兵が逃亡しだしたという報告が入ります。

治長「なぜ持ってきたー!」

お前のせいだろ!

さらに、立て直した徳川方により、劣勢になったという続報が入ります。

治長「どうやら、流れが変わったようです

お前のせいだろ!

「おめおめと城の中で腹を切るなど真っ平じゃ」と、もはや自暴自棄気味に出馬しようとする秀頼ですが、茶々に止められます。

茶々「母に生き延びるための策があります」

そして信繁の献策通り、和平交渉役として千姫がきりによって連れ出されます。

内記は城内で奮戦。が、多勢に無勢で討ち死に。懐に昌幸の位牌を忍ばせていたところが泣かせます。

さらに、城外で銃弾を受け、死んだと思っていた作兵衛が城内に登場。自ら耕した畑で討ち死にです。ちょっとムリがあるような気がしますが、気にしないことにします。

脱出中のきりは、戦場を駆ける信繁を目撃。きりにとって、これが信繁を見た最後の機会となります。

そしてついに、信繁が家康を発見。

本多正純「真田でございます」
家康「またか!」

信繁の第一射はハズレ。

またも慌てふためくかと思いきや、ここが家康最後の見せ場となります。

家康「わしを殺したところで何も変わらん。(中略)戦で雌雄を決する世は終わった! おぬしのような、戦でしか己の生きた証しを示せぬような手合いは生きていくところなどどこにもないわ!」
信繁「そのようなことは百も承知! されど私はお前を討ち果たさねばならぬのだ! 我が父のため! 我が友のため! 先に死んでいった愛する者たちのために!」

銃声。

が、撃たれたのは信繁。

「父上! お助けに参じました!」と、ガッキーを見つけたかのように超いい笑顔で現れた秀忠。何だこのすがすがしい笑顔は(笑)。

秀忠さんがかわいすぎる件についてー!

この様子を眺める伊達政宗上杉景勝

景勝「武士と生まれたからにはあのように生き、あのように死にたいものだ」

ここで若干謎のシーン挿入。お寧と片桐且元のツーショット。お寧が且元から大坂城のことを聞いていたご様子。また、部屋の外が暗くて夜のように見えます。

謎その1は、この後安居神社のシーン(日中)があることから、お寧シーンはいつの夜なのか? ということ。

謎その2は、且元は天王寺の戦いに参加しているので、5月7日の時点では戦場にいるはず(これは前述の通り正信も同様)。

そして場面は信繁終焉の地である安居神社。手負いの信繁、おとなしく徳川兵に首を差し出すかと見せかけて、反撃。最後の意地を見せます。しかし、覚悟が定まったご様子で、最後まで従ってきた佐助に語りかけます。藤井隆がここまで出ずっぱりの重要な役になるとは思いませんでした。

信繁「ここまでのようだな。長い間よう仕えてくれた」
信繁「いくつになった?」
佐助「55でございます」

えっ!? 三谷は最後までビックリさせてくれるなぁ。

場面は徳川本陣へ。茶々希望の星である千姫が到着。無事に役目を終えたきりは、そのまま立ち去ります。

これがきりのラストシーン。この後彼女はどうしたのか、全て視聴者にゆだねられます。前回宣言した通り城に戻って茶々たちと運命を共にしたかもしれず、戻らずに生き延びて信繁の菩提を弔ったかもしれず。大坂城ではかなり派手に乱取りが行われたので、女性が1人で城に戻るのは難しかったかもしれません。

これまで、大河ではろくでもない役ばかりだった長澤まさみ、本作では頑張ったと思います。過去出演作の演技がひどかったので期待値が低かったという面はありますが、脚本もダメダメだったので彼女だけの責任にはできませんし。今回は脚本にも恵まれ、うまくはまっていました。お疲れ様。

場面は再び安居神社。空を見上げ、何を思うのか。そして、穏やかにほほえみ、これが信繁のラストシーンとなります。

信之は、正信と同道して玉縄に到着。領民に超人気です。実際、なかなかの名君で慕われていたようですね。

そのとき、大坂から火急の知らせが届きます。はっとした様子で信之から離れる正信。そのとき、信之の腰に収めた六文銭が鳴る音。信繁が三途の川を渡ったのを知らせるかのようです。六文銭を取り出して「何か」に思い至った表情をするも、歩み始める信之でした。

何だか不思議な終わり方でした。思いっきり泣かせにくるわけでもなく、淡々とした描写。これだけ悲劇的な終わりにもかかわらず、登場人物が自分や人の死を悼み、涙するシーンがなかったのが印象的です。真田信尹が信繁の首を確認したのは有名ですが、あの冷静な信尹が信繁の首を前に泣けば絶好の泣かせどころになったはず。信繁の死を知らされた信之がオイオイ泣けば、もらい泣きしそうなものです。が、三谷はそれをやらなかった。絶対、確信を持って分かりやすい泣き所を作らなかった。信繁の死を、登場人物たちの死を、悲劇にしたくなかったのかもしれない。

信繁の切腹前に挿入されたカットは、全て前向きでした。真田信政に稽古を付ける三十郎、笑顔の春、十蔵とキャッキャウフフなすえ。それは信繁が望んだ有りようだったことでしょう。

信之もまた、大坂のことを一切口にすることなく、正信から国づくりの根本を学ぶ。みんな未来を見ている。笑いが必ず入る明るい作風が特徴の本作にふさわしいラストです。泣き所を予期し、期待していた私としては、「泣き」の欲求不満で宙ぶらりんな思いにとらわれる。一方、安易なお涙ちょうだいではなかったので、割と冷静に思いを巡らせ、余韻を楽しんだりできて、悪い気分ではありません。

さて、今年も何とか完走しました。毎年恒例の、年間を通しての総評ですが、私は

傑作

だったと思います。『八重の桜』の幕末編を除けば凡作駄作それ以下ぞろいだった近年の大河の中で、突出して楽しめました。正直、真田信繁で講談的な要素を排除してここまで面白い話にできるとは思っていませんでした。

信繁がやったことといえば、大坂の陣で徳川を苦戦させ、家康をちょっとビビらせただけ。何も成していません。結局敗北し、大坂城も落城します。信繁がいてもいなくても、歴史は変わりません。負けるために出てきたような男を、その周りの人物を、実に魅力的に描いてきました。

真田信繁を織田、豊臣、徳川に敗れた人々の象徴と位置付け、景勝をして「あの男は、わしがそうありたいと思っていた人生を生きておる」「武士と生まれたからにはあのように生き、あのように死にたいものだ」と言わしめます。遅れて生まれてきたが故に、生まれた地が都から遠かったが故に野望を諦めざるを得なかった政宗もまた、信繁の姿に自分ができなかったことを見いだし、まぶしそうに見つめる。敗者として生きることを選んだ人々にとって、信繁は哀れな敗者ではなく、羨望の存在だった。この視点が作品をポジティブなものとしたのでしょう。

ただ、本作の面白さは信繁の周りのキャラクターが全て生き生きとしていたことにつきます。まず何より草刈正雄の昌幸なくして『真田丸』は語れません。この俳優、このキャラクターがいなかったら全然面白くありません。また、万能の天才軍略家ではなく、読み違いもするし迷ってくじ引きに逃げようとしたこともある。実は結構失敗続きな、非常に人間くさいキャラでした。

他の人も、名前を挙げたら切りがない。こんなに名キャラぞろいの大河も珍しい。

よいものを拝見致した

もちろん、この隙あらば笑わせようとする作風が肌に合わない人もいることでしょう。そういう方は、各自凡作なり駄作なり評価なさればよろしい。感想や評価はそもそも異なっているべきものなのですから。

2016年 大河ドラマ「真田丸」キャスト(配役)
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