大河ドラマ「真田丸」 第45回 完封 感想

カテゴリ:真田丸
日時:2016/11/13 23:05

真田丸のセットをいかんなく活用した合戦シーンはなかなか見応えがありました。久々に、「NHKがんばったね」といえるシーンでした。

さあ、「真田丸」本編&大坂冬の陣スタートです。戦いは大枠史実をベースに進みます。

まずは、慶長19年(1614年)11月19日の木津川口の戦いで戦端が開かれます。明石全登の兵が守る木津川口砦を蜂須賀至鎮が攻撃。全登がそのとき大坂城に行っていたため砦は落とされます。この攻撃には浅野長晟池田忠雄も参加する予定でしたが、至鎮が抜け駆けしたため蜂須賀勢のみで行われました。

全登が大坂城に何をしに行っていたのかは知りませんが、ドラマではミサをやるためという割としょっぱい理由にされていました。

続いて26日。上杉景勝らが攻め込んだ鴫野の戦いは省略され、ドラマでは同日に行われた今福の戦いのみ登場。今福村の砦を佐竹義宣が攻撃し、木村重成と後藤又兵衛が援軍に向かいます。鴫野にいた景勝も今福の戦いに参加し、豊臣方が撤退となります。「8000近くに膨らんだ徳川勢を前に木村重成の隊はなすすべもなかった」というナレは、景勝や堀尾忠晴榊原康勝らが戦闘に加わったことをマルっとまとめたものと思われます。

この状況に不審に思ったのが毛利勝永。内通者がいるのではないかと言い出します。 こうして内通・内応者の答え合わせ開始です。これまでの行動(籠城させたがる)から、容疑者は2人。大蔵卿局と織田有楽斎です。史実を考えれば1人に絞れるのですが、三谷のことだからひねくれた展開もあり得るかと思っていたのですが、やっぱり順当な答えでした。

大蔵卿局は大坂夏の陣にて、茶々たちと自害。有楽斎は大名として存続。まぁそういうことです。

で、真田信繁は有楽斎を呼び出し、カマをかけます。「博労淵の砦は早く守りを固めねばと思いつついまだに手薄なありさま」と。

こうして起こったのが、29日の博労淵の戦い。博労淵の砦を石川忠総、至鎮らが攻撃して攻め落とします。これら、史実の戦いを内応者あぶり出しのネタに使うとは、考えたものです。

ここで場面は江戸の真田屋敷。福島正則が訪ねてきます。さらに、平野長泰も登場。真田信之そっちのけで、

正則「お互い……」
長泰「長生きしような」

ってなんだこの雰囲気。

信之「いあやの……」

で、2人の用件は、
正則「兵糧をこちらで調達し運べるだけ運ぼうと思う」
信之「よいお考えではありませぬか。大御所様もお喜びに……。まさか……」
正則「送るのは大坂方だ」

で、大坂城に運び込むために信繁と図ってくれという、既ににらまれている正則はともかく、信之にはいい迷惑なご提案。

当然、稲に大反対されます。が、こうは違います。「すぐに運び出せるのはそば粉1700貫」。

やっぱりそば粉か! 信之の家にはそば粉しかないのか?

場面は再び大坂城。信繁は三の丸にいる春と久々の再会です。

信繁「戦が始まったら、決して城からは出てはいけない。(中略)ここで梅を守る。それがお前の役目じゃ」

あー、何よりも守るべき娘を放り出して戦場をウロウロしてたバカ女みたな愚かなことはするなってことですね。全くもって同意です。

とはいえ、春との会話なんてどうでもいいからスルーしよと思っていたら、気になるセリフが出てきました。

春「戦が終わったらまた豊臣の世が来るのですか?」
信繁「たとえ勝ったとしてももはや徳川の天下が動くことはあるまい」
春「では秀頼公は?」
信繁「ひょっとすると一大名としてどこかを治めることになるかもしれぬな」
春「そのとき旦那さまは?」
信繁「思うところはあるが……。まだこれからどうなるか」

「思うところはある」ですか。一体、このドラマの信繁はこのときどのようなことを考えていたのでしょう。今のところ、全く想像がつきません。三谷はこのセリフの答えを用意してくれているのでしょうか。

真田丸に戻った信繁は、内記とともに徳川方の布陣を見物中。そして、内記が徳川方の赤備えを見つけます。徳川で赤備えといえば……。

信繁「あれは井伊直孝の陣。かの井伊直政の次男坊じゃ」

ここで井伊に言及したのは単なる赤備えつながりだけではなさそうです。

信繁「向こうにもここに至るまで物語があるのだろうな」
内記「一度聞いてみたいものですなあ」

来年の大河へのエール……かな。さすがに直政が死んだ後の大坂の陣まではやりませんが、2カ月後には本能寺の変の年に到るまでの物語が始まります。

茶臼山に本陣を置いた徳川家康は、真田丸の立地と機能を問題視。そして考えたのが上杉に攻めさせること。直江メールの件まで持ち出して、いたぶる家康。これは怖い。

大坂城でも一悶着。「総大将として先陣に立ちたい」と言い出した豊臣秀頼を、信繁含め全員で押し止めます。すると、茶々が出張ると言い出します。

そして、珍妙な飾りを付けた甲冑姿でやってくる茶々に動揺する兵たち。

きり「はしゃいでおられるのはお上様だけ」

真田信吉は、上杉配下で真田丸を攻めろと家康に命じられます。さてどうする? と思ったら、佐助を介してやはり信繁と連絡を取り合っていました。三十郎の密書により上杉と真田が前面に出てくると知った信繁は、両者との戦闘を回避するため前田を戦闘に引きずり込むことにします。

信繁は五人衆に作戦を伝えて同意をゲット。

信繁「おのおの、抜かりなく」

時々真田昌幸のセリフを使ってくるところがニクイ。

ドラマでは布陣の位置関係が曖昧にされていることもあり、ストーリーとしてまとまっていて面白いのですが……布陣図を見るとやはりフィクションだな、という感じです。景勝や信吉らが布陣していたのは大坂城の東側。真田丸を攻めるには布陣を大きく変更しなければなりません。真田丸の正面に布陣していたのは前田利常。真田丸の南西に井伊直孝と松平忠直。前田と真田丸の間にスペースはないので、上杉が真田丸を攻めるためには前田勢にどいていただくしかありません。万単位の人間が、大坂城南側の狭い台地で入れ替わるのは大仕事。現実的ではありません。

こうして、12月4日の真田丸の戦いが始まります。発端は、真田丸の南にある篠山から。ここから前田の陣を銃撃したため前田が篠山を攻撃したのですが、ドラマでは初陣の真田大助が旗を振りながら高砂を歌って前田を挑発。第一次上田合戦で信繁が演じた役をその子・大助が引き継いだかっこうです。

そして、史実でもドラマでも、前田が攻め込むと篠山はもぬけの殻。さらに挑発された前田勢がそのまま真田丸に攻めかかって本格的な戦闘状態に入ります。

この日、大坂城内の火薬庫が爆発する事故が起こり、さらに徳川勢の攻撃を引き寄せることになります。ドラマではこれを利用して、佐助の工作による意図的な作戦に改変。徳川方をだます罠にすることで、ドラマを盛り上げていました。

こうして前田に続き井伊と松平も攻め込んできて、前田勢は味方に押される形で進まざるを得ない状態に突入。銃撃と石落としでフルボッコです。敵兵に乗り込まれるとか、ちょっとしたピンチシーンを入れつつも、基本的には勝ちまくりです。

タイミングを図っていた信繁が、潰走する前田勢の追撃を開始。けど、逃げる敵兵の前に回り込むというドラマの描写は……変じゃないかなぁ。信繁に前に回られた敵兵は槍を構え直してたし。

追撃戦は、逃げる敵の背後や横から攻めることで効果を生むもの。後ろや横から襲われると、敵に向き直るなんてことはせずにさらに逃げようとするので、一方的にやられる状態になる。行く手をふさいだら、余計な抵抗を受けることになります。まぁ、一度潰走した兵の抵抗などたかがしれていますが。

そして信繁凱旋。が、重成の称賛に対して「これから話すこと決して人には漏らすな」という信繁。

信繁「実はかような大戦私も初めてなのだ。心の臓が口から飛び出そうであった」

と、実はガクブルだった心情を吐露するのでした。

真田丸の戦いで、徳川方は1万以上の損害を出したといわれます。動員戦力は前田1万2000、井伊4000、松平1万の計2万6000+周辺の諸将。これで1万以上の損耗となると大敗どころの騒ぎではありません。兵力の1割を失ったら、勝ったとしても戦いとしては失敗といわれることを考えれば、損耗率38%がいかにひどいか分かるというものです。

名高い真田丸(出城)ですが、出番はこの12月4日の戦いでほぼ終了。逆に、この1日の戦いだけで後世にこれだけ語り継がれることになるのですから、この一戦のインパクトの大きさを思い知らされます。

2016年 大河ドラマ「真田丸」キャスト(配役)
もご利用ください。