大河ドラマ「平清盛」 第9回 ふたりのはみだし者

カテゴリ:平清盛
日時:2012/03/04 22:30

今回は、日本一の大天狗にして清盛にとってはラスボスである雅仁親王(後の後白河帝)が登場。というわけでついにデスノートvs.ライアーゲームの始まりです。

まずは清盛の長子清太(後の重盛)が誕生したところから。保延4年(1138年)です。「血を分けた俺の子じゃ」と涙をこぼす清盛はちょっと良かった。

そこへやってくる家盛。「血を分けた兄弟とは思ってくださらぬ」って、いや君、血は分けてないし。とまぁベタな兄弟愛は頼朝ポエムの前振り。

頼朝ポエム「平氏一門は概して兄弟仲が良かったといわれる。それに比してねじれているのは……」

おや、源氏というか清和源氏というか河内源氏の自己紹介開始ですか?

頼朝ポエム「……皇子たちご兄弟である

えっ、他家批判? 源氏というか清和源氏というか河内源氏もたいがいどうかと思うぞ。まさか鳥羽院の子たちも、弟を粛清しまくった頼朝にdisられるとは思わなかったでしょう。

ちなみに、ネットで頼長が「粛清」という書を掲げている画像が出回ってますが、第8回頼長が言ったのは「粛正」です。「粛清」ではありません。 そして王家パート。崇徳帝忠通の娘である中宮聖子の下に通いますが、拒否られてしょぼーん。その同母弟であるライアーゲームは数え12歳(満10~11歳)にして賭場通い。そういえば高平太が賭場に出没していたのも数え11歳のころでした。

妙に勝ちまくり(勝たされているだけか?)の雅仁親王。「私の勝ちだ」とか言っちゃってるし。「この賭博には必勝法がある」とか言い出しそうで怖い。

祇園女御のシーンは大幅にカットされていました。放送では、重盛を抱いて「そなた(清盛)は頼もしゅうなった」と言っています。

が、公式ガイド(ドラマストーリー)によると、祇園女御は重盛を抱き、舞子に抱かれていたそなた(清盛)に似ていると語り、清盛の前で舞子の名を出してしまったことを後悔します。が、今さら生まれなど気にしないという清盛に対し、

祇園女御「そなたは頼もしゅうなった」

と言ったというわけです。ま、視聴者にとっては清盛が出自への負い目を克服していることは自明ですので、ここをクドクド繰り返さなかったのは賢明でしょう。

続く源氏パートも豪快にカット。リポDのCMばりに木登りをしているところから始まり、「コイツら何してんだ?」という感じです。山賊退治したりケンタッキーを食したり木登りしたり、ワイルドライフ絶賛満喫中って感じです。

実は、お供の鎌田正清は凹んでおり、
「……たまに太刀を抜けば山賊退治。これでどうして源氏の名をあげることなどできましょう。……もう都に帰りとうございます」
と弱音を吐きます(そりゃそうだ)。

これに対し、義朝は木登り勝負を挑み、放送のごとく2人が木登りをしていたというわけです。

そこに現れた三浦義明。隣の荘園の者に土地を荒らされてプリーズヘルプミーだそうで。それを快諾する義朝。ときに数え16歳(満14~15歳)。中学生に頼る板東武者(三浦義明は31歳年上だから47歳?)、か……。

保延五年(1139年)5月、得ちゃんが、待望の男子(体仁親王、ドラマストーリーの表記は「躰仁親王」。後の近衛天皇)出産。この子を巡る我らが摂関家パートはざっくりカット。頼長はここでも「粛正」(くどいけど「粛清」じゃないよ)を宣言する予定だったのですが。

こうしてぶっちゃけ過ぎの修羅場誕生パーティー開催。元々ゼッフル粒子散布済みの会場で、着火しちゃったのは義清。祝いの歌を求められ、崇徳帝の「瀬をはやみ~」を披露して場の空気を氷点下に。

ライアーゲーム(数え13歳)が燃料投下。コイツは厨二病だから仕方がない。が、厨房のデカい釣り針に釣られる得ちゃんはイタい。

得子「この福々しげな女に地獄を味わわせたいだけじゃ

ちょ、アンタぶっちゃけすぎ。

もののけ白河院亡き後も、九尾狐(美福門院)やら大天狗(後白河)やら、もののけに囲まれてる鳥羽院は大変だな。

パーティーをぶち壊したライアーゲームは賭場で身ぐるみ剥がされて清盛に保護されます。というわけで、デスノートvs.ライアーゲーム「第1回戦 双六ゲーーム。このゲームは、交互に賽を振って自分の駒を進めていただきます(以下略)」。

ところで、鳥羽院御所の庭の池に掛かってる橋は「あぶないではないか」(by 堺雅人)の流用?

また、義清屋敷では後に父に蹴落とされる娘が登場。ドラマでも蹴落とすのかな?

大河ドラマ「平清盛」キャスト(配役)
大河ドラマ「平清盛」 主要人物年齢年表
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